展示会が「実装の場」に変わる瞬間
Japan DX Week 春2026「第9回 AI・業務自動化展」が開催されます。このニュース自体は展示会の告知に過ぎません。しかし、回数を重ねた展示会の進化は、市場の成熟度を映す鏡です。第1回が「AIとは何か」を説明する場だったとすれば、第9回は「どう使うか」を実演する場へと変貌しています。出展社のバーチャレクスは、AIを活用した業務自動化ソリューションを提供する企業です。展示会の存在意義が、技術の紹介から実装の相談へとシフトしているのです。
この変化は、AI活用が「実験フェーズ」から「実践フェーズ」へ移行したことを示しています。経営者やCTOが展示会を訪れる目的は、もはや最新技術の情報収集だけではありません。自社の具体的な課題に対して、どのベンダーのどのソリューションが、どれだけのコストと期間で導入可能なのか。その判断材料を求めて足を運びます。展示会は、比較検討のための「実物大ショールーム」としての機能を強めているのです。
「9割修正」の調査結果が突きつける現実
一方で、サンクスラボキャリアの実態調査は厳しい現実を伝えています。生成AIを活用した業務のうち、9割が出力後の修正作業を経験しているというのです。しかも、その修正に伴う「待ち時間の積み重ね」が新たな課題として浮上しています。AIが生成したドキュメントやコードを、人間がチェックし、修正し、承認する。このプロセスに想定外の時間がかかり、かえって非効率になっているケースが少なくありません。
この「9割修正」の壁は、多くの企業がSaaS型の汎用AIツールをそのまま導入した結果、起こり得る現象です。自社の業務フローやナレッジに最適化されていないAIは、確かに「そこそこ使える」出力をします。しかし、その出力を実務で使えるレベルまで磨き上げる作業が、結局は人間に委ねられています。これが「待ち時間」という形でプロジェクトのボトルネックになる。調査結果は、SaaS依存の限界を如実に示していると言えるでしょう。
自治体事例に学ぶ「現場の声」を組み込む設計
ここで重要な示唆を与えるのが、abeam.comが報じる行政機関の生成AI活用事例です。彼らが重視しているのは、「現場の声を反映した安全で利便性の高いAI環境」の構築です。行政事務には独特のルール、フォーマット、審査基準が存在します。これらを無視した汎用AIは、ほとんど役に立ちません。
彼らのアプローチは、まず現場で繰り返される定型作業や、職員が頻繁に参照するマニュアル・条例を特定することから始まります。そして、それらのデータを学習させ、行政事務に特化したAIモデルを構築する。あるいは、汎用AIの出力を、自前のルールベースで自動的に校正・フォーマット変換する「ラッパー」を開発する。この「特化」こそが、修正作業の割合を劇的に減らし、真の効率化をもたらす鍵なのです。
経営者が今、取るべき3つの具体的行動
展示会の進化、調査結果の現実、先行事例の教訓。これらを総合すると、経営者やCTOが今まさに取るべき行動が浮かび上がります。それは、SaaS依存からの段階的脱却と、内製化への慎重かつ確実な移行です。以下、3つの具体的なステップを提案します。
1. 業務の「AI適応度」診断と優先順位付け
まず、自社の全業務を「AIによる自動化・高度化の適応度」で分類します。私のコンサルティングでは、以下の4象限マトリクスを用いることがあります。
- 高頻度・定型性(最優先): 日次/週次レポート作成、メール応答テンプレート生成、簡単なデータ集計。ClaudeやChatGPT APIと、Google Apps ScriptやZapierを組み合わせれば、月額数万円で自動化可能。
- 高頻度・非定型(要カスタマイズ): 営業提案書作成、契約書レビュー、顧客対応。汎用AIの出力を自社フォーマットに変換する「ラッパー」の開発が必要。初期投資50〜200万円、月額運用費5〜15万円が目安。
- 低頻度・定型性(効率化効果大): 決算業務補助、人事評価サポート。RPAツールとAIの連携が有効。導入には業務分析に時間がかかる。
- 低頻度・非定型(現状維持): 高度な戦略策定、創造的な問題解決。現段階では人間主体で進め、AIは情報収集・整理の補助に留める。
この分類なくして、予算とリソースを効果的に配分することはできません。
2. 「内製化の判断基準」を設ける
すべてを内製化する必要はありません。判断基準が必要です。私は、以下の3条件のうち2つ以上を満たす業務は、内製化(自社開発または特化モデル構築)を真剣に検討すべきだとアドバイスしています。
- 業務の核心(コアコンピタンス)に直結する: 自社の競争優位性を生む独自のプロセスやナレッジを含む。
- SaaSでは修正コストが膨大になる: 調査にある「9割修正」が発生し、待ち時間がビジネススピードの足かせとなる。
- 中長期の利用が見込まれ、累積コストが大きい: 月額10万円のSaaSを3年使えば360万円。内製化の初期投資を上回る可能性がある。
例えば、北摂の企業向けにプロダクト開発支援を展開するSweetLeap株式会社の事例(マピオン記事)は、地域や業界に特化した支援という「コア」部分を、汎用ツールではなく自社でカスタマイズしたAIで実現しようとする動きと解釈できます。
3. 多様な人材を巻き込んだ「共創モデル」の構築
AKKODiSビジネスサポートの事例は極めて示唆的です。彼らは「障がいのある社員と共に創るAI活用モデル」を構築しています。これは、単なるダイバーシティ施策ではありません。AI時代における強力な競争原理を体現しています。
AIの設計やプロンプト開発には、多様な視点と、業務に対する深い「気づき」が不可欠です。定型業務に長年携わってきたベテラン社員、デジタルネイティブな若手、そしてこれまで業務の「デジタル化」の外側に置かれがちだった障がいのある社員。それぞれが持つ独自の感覚やニーズは、AIを「使いやすいツール」から「革命的な支援手段」に昇華させるための貴重な要件定義そのものです。
経営者がすべきは、このような多様な「現場の声」を収集し、AI開発の要件に反映させる仕組みを作ることです。それは、社内のワークショップでも、パートナー企業との協業でも構いません。重要なのは、AIの設計プロセスそのものを、オープンで共創的なものに変えていく視点です。
「展示会で商談」から「自社で実装」への転換期
2026年のAI・業務自動化展は、市場が成熟期に入ったことを告げるイベントとなるでしょう。出展されるソリューションは、よりモジュール化され、自社システムとの連携(API)が前提となっているはずです。ベンダーは、もはや「魔法のツール」を売るのではなく、「あなたの城(自社システム)を強化する建材」を提供する立場にシフトしています。
経営者やCTOの役割は、その建材を吟味し、自社の城にふさわしいものを選び、組み立てる設計図を描くことです。その設計図の核心には、自社のコア業務の深い理解と、それを支える多様な人材の声が反映されていなければなりません。
調査結果が示す「9割修正」の現実は、他社のソリューションをそのまま導入する「楽な道」の先に待つ落とし穴です。一方で、自治体や先進企業の事例は、自らの手でカスタマイズし、特化させる「難しい道」の先に、持続的な効率化と差別化が存在することを教えてくれます。展示会は、これからはその「難しい道」の最初の一歩を、具体的な道具と共に示す場となるのです。
今こそ、自社の業務を改めて見つめ直し、どこを、どの程度、どのように「AI化」していくのか。その戦略的な青写真を描き始める時です。その青写真があって初めて、展示会場で交わされる商談は、単なる購買ではなく、未来への確かな投資となるでしょう。

